不可解な妖怪譚「牛の首」は実在した!/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月末水曜日)! 連載第3回となる今回は、黒史郎が発掘した、“都市伝説に残されるも、実在しないはずの怪談”「牛の首」です。

 

だれも知らない「牛の首」

妖怪には首のない動物の姿を持つものが多数あります。馬、山羊、豚と家畜が多く、特に首のない馬は各地に伝承が見られます。有名なものは徳島県の「夜行さん(ヤギョウさん)」でしょう。

首なしではなく、首のみの動物の姿を持つ妖怪もあります。こちらも多くは馬で、木から馬の首が下がる岡山県の「さがり」や、鹿児島県の「馬のくつ(「くつ」は首を意味する方言)」。馬の首が転がってくる大阪府の「馬坂」。馬の首が飛ぶ福島県の「首切れ馬」などです。

では、《牛の首》をご存じでしょうか。

その言葉は知っていても、どんなものかは知らないという方がほとんどだとおもいます。

まさに、《牛の首》とは「そういう話」なのです。

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この怪談は、あまりにも恐ろしい内容のため、聞いた者は正気を失い、病みついて死んでしまいます。そのため、皆が口を閉ざしてしまい、《牛の首》という題名だけが独り歩きしている、という都市伝説です。

人面牛身の妖怪「件(くだん)」と関係づける説、天保の大飢饉に起きた悲劇であるという説、小松左京氏の同名の短編小説が都市伝説化したという説など、ネットでは《牛の首》に関する様々な説があり、真の内容であるとされる話も多数あげられていますが、いずれも確証を得るには難しい情報ばかりです。

どうもこの都市伝説は、実在しない怪談をあたかもあるかのように語ることで、その《牛の首》という不安を誘うワードに好奇心と恐怖心を遊ばせる、実体のない怪談というのが定説のようです。

では、《牛の首》という怪談は本当に実在しないのでしょうか。

都市伝説をいったん頭から離し、民間伝承や妖怪譚に同名の話がないかを捜してみますと、なんと実在しないとされている《牛の首》という怪談があったのです。

 

“発掘”された怪談、その物語とは

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『文藝市場』第二巻第三号(大正15年刊)。この中で、黒史郎は『牛の首』と出会った。

 

大正15年に刊行された『文藝市場』第二巻第三号に、『牛の首』と題された記事がありました。「妖怪研究」のテーマの中、ルポルタージュ作家である石角春洋氏が父親から聞いた話として書かれたもので、以下のような内容でした。

 

ーー冬の日のことです。ある山間の村に五作という男がおり、そのひとり娘のお花が病気で危篤状態になっていました。三里ほど離れた町の医者を訪ねるために五作は村を出ますが、着いたころには雪が降り始め、やがて吹雪となってしまいます。

道も田畑も一面の銀世界。つまずいたり、溝に足を取られたりしながら、薬を待つ娘のために一刻も早く帰ろうと歩を早めました。娘は死んでしまうのではないか。そんな恐ろしい想像をして哀しみに潤む瞳が、雪の中になにかをとらえます。

3、4間先(1間は1.818メートル)に、黒い物が浮いているように見えます。

それは、牛の頭でした。

3、4寸の角が生え、目は活き活きとし、耳はびくびくと動きます。鼻蔓(はなづら・牛の鼻に通す環のこと)の先には短い綱がついており、ぶっつりと切れた首からは光を放っておりました。

五作は「あっ」と叫んで尻もちをつくと、目を閉じて念仏を唱えます。しばらくして目を開きますと、牛の頭だったものは、鏡台に変わっていました。

それは、お花が大切にしている物と同じで、疵(きず)のある箇所までまったく同じなのです。五作はまた「わあ」と叫んで目を閉じ、そして、恐る恐る瞼をあげます。

鏡台の鏡に、お花の姿が映っています。

まだ病みつく前の美しい姿で、無心に髪をといているのです。

しかし、よく見るとお花の顔は薄黒く、ところどころに斑点があります。やがて斑点は黒い血となって、だくだくと流れだしました。

見るに忍びなかった五作は堅く目を閉じ、明け方までそうしていました。

五作が家へ帰ると、お花はもう死んでいたのですーー。

 

これが、実在していた怪談《牛の首》の内容です。

都市伝説のように、聞いただけで正気を失ってしまうような内容ではありませんが、この《牛の首》もなんとも不可解で薄ら寒いおもいにさせられる怪談ではありませんか。

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文・絵=黒史郎

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