異彩を放つかわいい船幽霊「某いるか」/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月末水曜日)! 連載第4回は、愛らしい姿ながら復讐のために夜の海を彷徨う船幽霊「某いるか」です。

 

恨みの呼びかけ「いるか」

夜の海は異界です。広大な漆黒の洋上にポツンと浮かぶ船の上では、現世から孤立してしまったような心細さをおぼえるでしょう。海はいまだに多くの未知を孕み、その腹の底をわれわれ人類には見せてくれません。

底知れぬ場所であるからこそ、妖怪や亡魂の棲み処にふさわしいのです。

海には、おぞましい妖怪が多く語られています。漁師たちを怖れさせたアヤカシの中で、もっとも知られているのは「船幽霊(ふなゆうれい)」ではないでしょうか。

これは海の中から現れ、船縁に手をかけて、「柄杓(ひしゃく)をくれ」と船上の者たちにしつこく呼びかけてきます。渡してしまうと、その柄杓で水を汲み入れて船を沈めてしまいます。助かる方法は、底の抜けた柄杓を渡すことだそうです。

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底が抜けている、“対船幽霊用柄杓”(黒氏の私物)。

 

『日本の海の幽霊・妖怪』関山守彌(中公文庫BIBLIOより復刊)には、あらゆる海の妖怪が紹介されておりますが、特に異彩を放っているのが「某(ぼう)いるか」でしょう。これも「船幽霊」の一種です。

新潟県佐渡島に友崎という屋号の家がありました。その家の主はとても悪い人で、村に訪れた旅の者を船に乗せ、沖まで出るとそこで殺害してしまいました。目的は旅の者が持っている金品です。

死体は海に沈めましたが、それからというもの、このあたりの海では亡霊が出るようになりました。夜、海を通る船があると船縁に手を掛け、青白い顔で船内を覗き込んでくるのです。そして、こういったのだそうです。

「友崎はおらぬか」

それは、殺された旅の者が化けたモノでした。自分を殺し、金品を奪った者の名を覚えており、復讐しようと暗い海の底で待ち伏せていたのでしょう。船が通るたび、憎っくき友崎は乗っていないかと、その名を呼ぶのです。このとき、「友崎はおらん」と答えれば、「残念」と呻いて消えたといいます。背筋の凍るような恐ろしい話ですが、哀しい話でもありますね。

岩谷口という所では、サザエ獲りに誘った商人を殺害して金を奪い、その亡霊が「友崎おるかー」と船に呼びかけるという話が伝わっています。

また、友崎は殺しをしたのではなく、沖で死体を吊り上げ、その胴巻きに入っていた金を盗ったのだという説もあります。死体を弔わずに海に捨てたので、恨んで亡霊となったのです。

こうした怪異は「某いるか」と呼ばれました。「某」には人の名前が入ります。その者を「いるか」と捜す幽霊なのです。

 

かわいい姿で復讐をする怨霊

死者が船縁に手を掛け、生者を暗い水の底に引き込まんと呼びかける。たいへん恐ろしいですが、海の怪談では別段珍しいものではありません。このような船幽霊の話は、どの島にもあったそうです。

次に紹介するのは、先述したものとは違う「某いるか」です。

佐渡島の高下(こうげ)に伝わる「某いるか」は、人の姿をした怨霊ではありません。

なんと、イルカの姿をしています。

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この地域で「某いるか」というと、海洋生物の海豚(イルカ)の姿をした怨霊を指します。姿は愛らしくなってしまいましたが、やることは同じです。

船縁にイルカが寄ってきて、人の言葉で「某いるか」と問いかけてくるのです。海の真ん中で喋れるイルカと出会い、「いるか」なんて呼びかけられたら、思わず「はーい」と返事をしてしまいそうですが、この見かけに騙されてはいけません。これも復讐のために暗い夜の海をさまよい続ける恐ろしい怨霊なのですから。

イルカの呼びかけの「某」のところには、もちろん彼を陥れた悪人の名前が入ります。このイルカに呼ばれるのは大抵、死者から金品を奪って裕福になった者だそうです。これも「某はいない」と返すと、海中に姿を消すといわれています。

しかし、イルカが「いるか」なんて、ふざけたダジャレに思えますが、海に生きる人たちにとって、この海洋生物はとても重要な存在なのだそうです。

海の民俗ではイルカは神、あるいは神の使いと考えられています。だから、「友埼」のような私利私欲にまみれ、神聖な海を汚すような輩をこらしめるには、相応しい姿だといえるでしょう。

西洋ではイルカを海に落ちた水夫の生まれ変わりとする言い伝えもあるようです。知性が高く愛らしい、私たち人間の友人というのが現在のイルカのイメージですが、昔の人々はこの生き物の姿に、海に沈んでいった仲間たちの姿を重ねて見ていたのかもしれません。

 

文・絵=黒史郎

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