悪魔の数字666の釈迦の解き明かし/「ムー民広場」出張版

悪魔的な解釈に異議あり!

都市伝説で語られている「悪魔の数字666」について、一般の解釈である「666は悪魔の数字」というのに異議ありです。

「666」の出典は「ヨハネの黙示録」ですが、そこに何と書かれているでしょう。

「思慮ある者は獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間を指すものである」

ヨハネが「人間」を指すといっているのに、なぜ「悪魔」に変えてしまうのでしょう。それでは思慮が足りません。

20201227mumin

「666」についてすでに解き明かした人物がいます。仏教の開祖、釈迦です。

「666」とは、ゴータマ・ブッダが三科の法門で解き明かした、六根、六境、六識の十八界のことです。人間が人間として存在する根本条件のようなもので、悪魔は人間の「666」をターゲットにして取り憑き、支配しようとします。だから人間は666を悪魔から守るために隠したり、露出しないようにしなければいけません。

修験道の行者が「六根清浄、六根清浄……」と唱えながら山道を歩くのは、魔物に取り憑かれないようにするためです。「666」の刻印がある「獣」とは悪魔に魂を売り渡した「人間」の姿を表しているのでしょう。

さて、「666」の波動を人間が受けると、どんなことが起こりうるでしょうか。個人も国家も民族も「アイデンティティ」が役に立たない大きな「力」に流される事態に直面します。人間の欲望、本能がむきだしになって「獣」としての顔をのぞかせます。

社会がそうなると、悪魔に従う奴隷になるか、メシア(救世主)に従う王になるか、選択をせまられるでしょう。どちらにしても「アイデンティティ」というものがフィクションだったことに気づかされます。

ここで象徴の両義性について考えてみましょう。悪魔が取り憑く対象としての「666」。キリストが愛を注ぐ受容体としての「666」。どちらも同じ人間の本性であることがわかるはずです。

核廃棄物の集積場所が「六ヶ所村」。有名な日本式庭園の名前が六義園や兼六園。「6」は人間が無意識になると不浄がたまりやすく、意識的に手入れをして清浄に保てば美徳を表現するようです。まさに「六根清浄、六根清浄……」です。

それにしても「ヨハネの黙示録」は破壊力満点です。ひょっとしたら、イエスの言葉よりも世界に広まっているかもしれません。これも「666」の秘めるパワーなのかもしれません。

(埼玉県秩父市〈49歳〉邦晴♠)

 

★ーー「ヨハネ黙示録」の「666」については「ムー」でも何度も取り上げているおなじみのテーマですが、また別の解釈ができる魅力がありますね!(魅力というのも何ですが)

 

(月刊「ムー」2016年11月号より転載)

  • 1

関連商品

ムー(2016年10月号)

ムー(2016年10月号)

ムー編集部(編)

この記事と同じトピックを探す

関連記事

編集部おすすめ

アクセスランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • トータル