80年代釣りブームと「ツチノコ」/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

 

釣りのついでに「ツチノコ探索」?

さて、僕ら世代は園児~小学校1年生前後に、この「第1次ツチノコブーム」を体感している。しかし、むしろ僕らが心底「ツチノコ」に夢中になったのは、それから5、6年後のことだ。このタイミングで、主に子ども文化のなかにおいて「第2次ツチノコブーム」が勃発しているはずなのである。これはメディアや企業を巻き込むような社会現象にはなっていないので、当時の雑誌などにも記録はほとんど残っていないと思う。というより、明確なブームとしては認知されていなかったのだろう。が、実態はかなり大規模なブームだったと思うのだ。

 

ごく個人的な体験を書けば、僕や周囲の子どもたちが「ツチノコ探索」にウツツを抜かしたのは小6から中1にかけてのことで、年代でいうと78~80年ごろだ。中学生になってまで「ツチノコ」を探しまわるなんて、どれだけボンクラだったんだと我ながら思うが、しかし同世代の人と話すと、この時期に「ツチノコ」にウツツを抜かした人はやたらと多い。

さらに当時のことを思い出してみると、僕らが「ツチノコ探索」をする際、最初から「ツチノコ探しに行こうぜ!」と誘い合って出かけることは皆無だった。当初の目的はいつも必ず「釣り」なのである。「釣りに行こうぜ!」とみんなで集まり、多摩川や相模湖に出かけていき、いつまでたってもフナ一匹釣れないので飽きてきたときに、誰からともなく「ツチノコでも探そうか……」というアホな提案が出てくるのだ。そしていっせいに釣り竿をしまい、さっきまでの「釣り仲間」が瞬時に「ツチノコ探検隊」に変貌して、探索が開始される。このアホ丸出しの展開は僕らの周辺にいたボンクラたちだけの傾向だと長らく思っていたが、大人になっていろいろ取材してみると、この「釣りのついでにツチノコ探索」というアホな体験を多くの同世代が共有しているのである。

このあたりのことについては本格的な調査がなされていないので断定は難しいが、ブームのピークから5年以上も経過したあたりで、小学校高学年から中学生にかけての世代限定の「第2次ツチノコブーム」が間違いなく全国規模で起こっている……と僕自身は確信している。

この「第2次ブーム」の重要なファクターとなっているのが、80年前後にティーンエイジャーたちの間で起こった爆発的な「釣りブーム」だ。ブームのきっかけは、もちろん矢口高雄氏の『釣りキチ三平』である。この作品は、それまではどちらかといえば「おっさんのレジャー」というイメージが強かった釣りを、魅力的でスリリングで新しい「スポーツ」に変えてしまった。背景のさらに奥には、欧米ではポピュラーだったブラックバスを対象とするルアーフィッシングが70年代に日本でも普及しはじめたという事情があるのだが、とにかく僕ら世代は『釣りキチ三平』によって「釣りってカッコいい!」ということを実感したのだ。そして、それまで僕ら世代がホビーにおけるステイタスとしていたアイテム、たとえばラジカセとかラジコンとかカメラとかモデルガンとかといったようなものと同樣に、高価なブランドのロッドやリールやルアーがもてはやされるようにもなったのである(こういう価値観は矢口氏の想いや『釣りキチ三平』のコンセプトには反するが、子どものホビー観というのは得てしてそういうものなのである)。

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『釣りキチ三平』(矢口高雄・著/講談社/1973年から1983年まで『少年マガジン』に連載)。80年前後に子どもたちの間で「釣りブーム」を巻き起こしたエポックな作品。『少年マガジン』の看板作品として長らく人気を維持し、10年にわたって連載された。80年にはテレビアニメ化され、また09年には実写映画化されている

そもそも「ツチノコ」と「釣り」は最初から親和性が高い。というより、ブームの仕掛け人である山本素石氏や矢口高雄氏が筋金入りの「釣り人」であり、初期の「ツチノコ探検隊」の多くが「釣りサークル」の延長であったように、少なくとも戦後の「ツチノコ」は「釣り人」たちの間で語り継がれてきたUMAだ。典型的な「ツチノコ」発見の逸話で語られる目撃場所の多くが、渓流、河、湖、沼、池の近くというのも、要するにそこが「釣り場」だからである。

また、僕ら世代の多くは73年の『すべってころんで』も知らないし、矢口高雄の『幻の怪蛇・バチヘビ』も連載時には幼すぎて読んでない人が多い。懸賞金の騒動などもリアルタイムでは知らないだろう。にもかかわらず、この世代の男子の多くが「ツチノコ」に夢中になった経験を持っているのは、80年前後の「釣りブーム」を経由して、数年前に社会現象化した「ツチノコ」に遅ればせながら出会っているからだ。

『釣りキチ三平』に魅了されて矢口作品を読み漁るようになり、すでに単行本になっている『幻の怪蛇・バチヘビ』を手にしたり、釣り雑誌の小ネタや「釣りエッセイ」で「ツチノコ」目撃談を読んだりといった形で興味を持つ子が急増し、僕ら世代を中心とする「第2次ツチノコブーム」が静かに、しかし広範囲に勃発したのだろう。「釣りブーム」によって、いったん落ち着いた「ツチノコブーム」が再び子ども文化の前面にひっぱり出されたのだと思う。

つまり、この時期に「ツチノコ」にウツツを抜かした子たちは、そのまま80年代「釣りブーム」にウツツを抜かした層と重なるはずだ。もっといえば、80年代「釣りブーム」に夢中になった子どもたちのなかで比較的「ボンクラな子」たちが、同時期に「ツチノコ探索」にウツツを抜かしているはずなのである。このあたり、高度成長期の天体ブームにおいて、無数の「天体少年」のなかでも一部の「ボンクラな子」がUFO発見にウツツを抜かしたことにも似ているかも知れない。当時の天体雑誌などを見ると、望遠鏡でUFO探す「UFOマニア」は正統派「天体少年」たちに「天体ファンの風上にもおけない」などと軽蔑される傾向にあったようだが、「釣りブーム」の際に「ツチノコ」を探していた僕らも同じようなもので、要するに一種の「落ちこぼれ」だったのだと思う。

野球が流行ると「魔球」を身につけようとするヤツとか、カメラブームのときに心霊写真に夢中になるヤツとか、ハム無線のブームのときに「怪電波」の話ばかりするヤツとか、どんなブームにおいても本道を行かずに「変な方向」に行っちゃう子というものは存在するものだ。

ちゃんと釣りのテクニックを磨く努力をすればマットウに釣りを楽しむことができていたはずなのだが、そうはしない。「釣れねぇなぁ」となれば、「もっと練習しよう」ではなく、「じゃあ、ツチノコでも探そうか」となってしまう夢見がちな「ボンクラ組」が、当時の僕らだったのだろう。昭和こどもオカルトにおける魅惑的なアレコレを支えていたのは、やはりこうした愛すべき(?)「ボンクラ組」の子どもたちであり、典型的な「ボンクラ」だった僕などは、この歳になっても「数あるUMAのなかでもツチノコだけは実在するのではないか……?」などと、かなり本気でシツコク思い続けているのである。

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『ムー』2018年8月号掲載記事「幻の怪蛇ツチノコを激写!」より。岐阜県「つちのこフェスタ」など、近年になって再び熱を帯びてきた地域振興の一環としての懸賞金付き「ツチノコ」イベント。その詳細を伝えつつ、糸魚川流域で「激写!」された「ツチノコ」(らしきもの)の写真を公開している。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

 

文=初見健一

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