九月十三日のポルターガイスト/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 連載第60回は、草木庵のポルターガイスト、その顛末を補遺々々します。

 

網野のポルターガイスト

ポルターガイスト現象は、みなさんご存知でしょう。

手も触れていないのに物体が勝手に移動する大変迷惑な現象ですが、他にも異音が鳴る、小石が降る、発火するといったことが起こるという事例もあります。

同現象を扱った作品では、1982年~1988年に公開された映画『ポルターガイスト』シリーズはあまりにも有名です。

あそこまで派手で邪悪ではありませんが、京都府京丹後市網野町にも次のようなポルターガイスト談が伝わっています。

 

安永2年(1773年)のことです。

木津の草木村(現在の中立?)に庵があり、そこにふたりの年老いた尼僧が住んでいました。

この庵ではたびたび、怪しいことが起こっていました。

行燈や煙草盆があちこちを踊り歩く。軽めの道具が飛びまわる。容器に入れておいた食べ物が、どんなに蓋をかたく閉めていても中から消えてなくなってしまう(食べ物の状態が悪くなっていたという説もあります)。

始めのころ、尼僧たちはこのことを隠していました。ですが、怪現象の起こる頻度は次第に高くなっていき、いよいよ隠すのも難しくなっていきます。

やがて、【草木庵の妖怪】の噂は近郷にまで広まってしまい、とうとう庄屋が県官(県庁の役人)に訴えを出してしまったのです。

 

県官は問題の庵に吏卒(小役人)を遣わします。

どういうわけか、彼らが来て調べだすと、怪しいことはなにも起こりません。

ところが、彼らが帰ると、再び怪しいことが起こります。

そこで県官は、この庵の取り壊しを命じました。

尼僧のひとりは、訴えを出した庄屋と親しい間柄でもあったので、庄屋の宅地のそばに小さな家を建ててもらい、そこに移り住まわせてもらうことになりました。

これにて一件落着――とはいきません。

その年の春ごろからまた、怪しいことが起きてしまうのです。

 

届いたメッセージ

あるとき、見えない何者かによって、空中から紙切れが投げだされるということがありました。

その紙には、怪しげな筆跡の文字のようなものが書かれております。

どうも、なにかのメッセージのようです。

そこで村の中でも頭の良い人が、次のようなことを思いつきます。

尼僧の仏壇に、紙と筆を揃えて供えるのです。

相手のメッセージを、改めてしっかり受け取ろうというのです。

 

この判断は正解でした。

翌朝になってみると、仏壇に置いておいた紙に位牌のようなものが描かれていました。

それだけではなく、戒名と年月日らしきものも書かれています。

はっきりとは読み取れませんが、「九月十三日」という部分だけは読めたので、この辺りの寺院の過去帳や古い墓石などを調べてみました。

すると70、80年ほど前の年号で「九月十三日」と記されたものがふたつありました。

どちらの戒名も2枚の紙に書いて仏壇に供えておきますと、その日の夜のうちに1枚の紙のほうは細かく引き裂かれてしまいます。

もう1枚のほうには「せがきをたのむ」と書かれていました。

「せがき」は、施餓鬼。

飢えに苦しんで災いを起こす無縁仏などに飲食を施す法会です。

早速、近くの寺から僧を呼んで、施餓鬼を行って弔ってもらいました。

それから2日、3日と経ち、空中から声が聞こえてきました。

「追善の功力によって浮かぶことができた。今後は怪しいことがあっても私のせいではない。狐狸のせいだと思いなさい」

それ以降、怪しいことはなくなったといいます。

※『ふるさとのむかし ―伝説と史話―』では、「せがきをたのむ」ではなく、「せがれをたのむ」となっています。

 

<参考資料>

井上正一『ふるさとのむかし ―伝説と史話―』

木下微風編『丹後郷土資料集 第一輯 丹哥府志』

 

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文・絵=黒史郎

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