「ダ・ヴィンチ・コード」に隠れた音楽とは? 現在も謎解きは進行中

文=松田アフラ

ベストセラーへの反発と弾圧

『ダ・ヴィンチ・コード』とは、2003年3月にアメリカで発表されたダン・ブラウンの推理小説である。

同書は登場1週目にして「ニューヨーク・タイムズ」のランキング1位に躍り出たのを皮切りに、たちまち世界中の読者の心を鷲づかみにし、その後も快進撃を続けた。最終的には44 もの言語に翻訳され、総発行部数は全世界累計で7000万部、日本語版だけでも単行本、文庫版、愛蔵版などを合わせて総計1000万部突破という、まさに超弩級のベストセラーとなった。昨今の出版業界の状況を鑑かんがみるまでもなく、文字通り社会現象というべき一大旋風を巻き起こしたのである。

ベストセラーとなった『ダ・ヴィンチ・コード(上)』(角川文庫)。上中下巻の3冊からなる。

 

宗教思想や美術史といった、これまで通常はあまり「一般受け」はしないと考えられていた分野を題材とした小説や映画が、これだけの大成功を収めたのだから、『ダ・ヴィンチ・コード』が各界に与えた影響・衝撃・反発もまた桁外れのものとなった。

何しろ著者であるダン・ブラウン自身が、作品の冒頭で「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実にもとづいている」と断言している。となれば、作中に実名で、それも「悪役」として登場している組織や団体がこれに反発したのも理の当然といえる。

とくに、本作における最大の悪役であるローマ・カトリック教会は、小説・映画のいずれに対しても強く反発し、さまざまな抗議活動を展開した。

『ダ・ヴィンチ・コード』はフィクションであり、極上のエンターテインメントである。否応なしに異様な殺人事件に巻き込まれた主人公が、警察と謎の秘密結社の双方の追跡をかわしつつ、事件の背後に隠された巨大な謎に挑む大冒険を繰り広げる、というプロットは、まさに王道サスペンスのそれであり、ダン・ブラウンのごとき才人が手塩にかけて料理すれば拍手喝采を浴びこそすれ、本来は論争や反発を引き起こすような類いのものではないはずだ。

 

隠されたマグダラのマリア

だが『ダ・ヴィンチ・コード』の場合、物議を醸す原因となったのは物語の背景をなす「巨大な謎」そのものであった。

『ダ・ヴィンチ・コード』の説く「巨大な謎」を簡単にまとめるなら、まずイエス・キリストは(カトリック教会が説くような)神ではなく、実際にはただの人間にすぎないという前提がくる。しかも、イエスは自身の弟子でもあるマグダラのマリアと婚姻関係を結んでおり、子供まで設けていた。そしてイエス亡き後、彼の真の教えを受け継いだのはマグダラのマリアだった。

だが、のちに初代教皇となるペトロは女性蔑視の思想ゆえに彼女と対立、これを迫害して、イエスの教えとは異なる教会を勝手につくりあげてしまった。この教会こそ、のちのローマ・カトリック教会なのだ。

一方、エルサレムを追われたマグダラのマリアは、イエスとの間にできた娘サラを連れて現在のマルセイユに漂着。その地で、イエスの真の教えと血脈は受け継がれることとなる。そして1099年、この血脈と秘密を守るために秘密結社〈シオン修道会〉が結成された。この〈シオン修道会〉の歴代の総長を務めてきたのが、問題のレオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、ボッティチェッリ、ゲーテ、ヴィクトル・ユゴーといった、人類を代表する錚々たる芸術家や文化人たちだった。

なかでも「万能の人」と称されるダ・ヴィンチは、自らの作品の中に彼自身の真の信仰=イエスの真の教えを暗コー号ドという形で密かに隠していた。

たとえば彼の代表作である『最後の晩餐』。イエスの受難の前夜、イエスと12使徒が最後の晩餐を行い、そこでユダの裏切りを告げる場面が描かれている。画面の中央にいるのは、静謐な表情を湛たたえたイエスその人。そのすぐ左側で、今にも気を失いそうな風情を見せているのが、イエスの「最愛の弟子」と呼ばれるヨハネだ。

だが『ダ・ヴィンチ・コード』によれば、この人物はどう見ても女性であり、実際にはマグダラのマリアを示しているという。このマリアとイエスの身体は巨大なMの字を描いているが、そのMこそ「マグダラのマリア」を暗示しているというのだ。

『最後の晩餐』で、イエスとヨハネ(マリア)の身体は巨大なMの字を描く。これはマグダラのマリアを暗示するという。

 

また、現在ルーヴル美術館に保管されている『岩窟の聖母』は、『ダ・ヴィンチ・コード』によればあまりにも「不穏」な作品であり、イエスに対する洗礼者ヨハネの優位性を密かに主張したものであるとされる。すなわちダ・ヴィンチはこの作品において、イエスの真の教えは、元来は洗礼者ヨハネからイエスに伝えられたものだった、とほのめかしているという。

このように、ダ・ヴィンチの作品には、見ようによってはさまざまな謎や象意が込められているのである。

晩餐のテーブルから

レクイエムを発見!

『ダ・ヴィンチ・コード』の発表以後も、新たな発見はつづいている。

たとえば2012年9月、ハーバード大学神学校のカレン・キング教授は、ローマで開かれた第10回国際コプト語研究会議で驚くべき発表をした。2世紀に遡ると考えられるコプト語で書かれたパピルスの断片に、次のような一節があったというのだ。

「イエスは彼らにいった、『私の妻は……彼女は私の弟子になれる』」 !

この文書ははたして、イエスとマグダラのマリアが結婚していたことを示す決定的な証拠となるのだろうか。

また2007年11月、イタリアの情報科学者ジョヴァンニ・マリア・パーラは、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』に関して、衝撃的な発見をなしとげた。

自ら音楽家でもあるパーラは、この絵の画面の下部を水平に横切るテーブルに注目した。横方向に長く伸びたこのテーブルと、平行線が施されたテーブルクロスは、当時の旋法のひとつである「フリギア旋法」の記譜システムを想起させる。

そこで入念にこのテーブルを見直してみたパーラは、テーブル上に規則的に配置された「あるもの」に気づいた――使徒たちのために用意されたパンと、そして使徒たち自身の手である。

そこで彼は、テーブル上のパンを線で結び、これを基準線として五線を引いてみた。するとそこには「40秒間ほどの荘厳なレクイエム」に聞こえる楽譜が浮かびあがったのである。

それだけではない。パーラによれば、さらにこの楽譜の音符を線でつなぎあわせると、ヘブライ文字の一節が現れた。その意味は「彼において聖別と栄光あれ」だったという。さらにこの文字を組みあわせると、そこにひとつの象徴的な形象が出現した。パーラはそれを「聖杯」であると解釈している。

最後の晩餐』に描かれた食べ物と使徒の手を音符に見立てて五線を引くと、レクイエムが出現する。

 

また今年になり、絶対音感を持つという吉本のお笑い芸人「粗品」が、このパーラ説に新たな発見をつけ加えた。この楽譜を実際に演奏してみると、1か所だけ不協和音になっている部分があるというのである。その部分とは、イエスを裏切ったユダの手の位置に当たっている。すなわちダ・ヴィンチは、ユダの裏切りを、画面上に巧みに配置された楽譜の不協和音によって示していたというのだ。

このように、イエスやマグダラのマリア、そしてダ・ヴィンチをめぐる新たな発見や新説は、今なおつづいている。そして今回の粗品の件は、発見の機会は日本人にも与えられているという事実を改めて認識させるものとなった。次の画期的な発見をなしとげるのは、読者であるあなたかもしれないのだ。

 

(ムー2019年12月号より抜粋)

文=松田アフラ

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