古式に則って執り行われた令和の大典 即位礼と高御座の神秘

文=古川順弘

知られざる神道祭祀の世界

令和元年10月22日、皇居・宮殿の「正殿松の間」にて、「即位礼正殿の儀」が厳粛に挙行された。今年5月に皇位を継承した天皇陛下が、世界と国内各界の代表ら約2000人を前にして改めて天皇に即位したことを宣明され、内外の人々から祝福を受けたのだ。

まず当日の朝には、皇居の宮中三殿で「即位礼当日賢所大前の儀」と「即位礼当日皇霊殿・神殿奉告の儀」が行われた。これは宮中三殿に祀られている天照大神、歴代天皇・皇族の霊、天神地祇に対して新天皇が拝礼をし、即位礼を奉告するものだ。

儀式の模様は「ニコニコニュース」などで中継された。

 

そして午後、いよいよ「即位礼正殿の儀」がはじまった。

白玉砂利が敷き詰められた正殿前の中庭には、古式に則した色あざやかな旛がはためいて祝意を表していた。

正殿中央には新帝の座所である高御座、向かってその右手には皇后の座所である御帳台が置かれ、午後1時の開式までには、燕尾服姿の安倍首相ら三権の長、黄丹袍をまとった秋篠宮皇嗣殿下をはじめとする皇族の方々が殿内に厳かに入り、玉座の前に列した。

やがて黄櫨染御袍を召した天皇陛下が神器を捧持する侍従を伴って出御し、高御座に背面から昇った。やや遅れて十二単姿の皇后陛下も御帳台に昇った。黄櫨染御袍とは、太陽の光を表すという黄褐色に染められた衣で、平安時代から天皇だけが着用できると定められた特別な礼服である。

 

当日は朝から生憎の雨模様だったが、陛下が出御したころには上空に晴れ間がのぞき、虹が出ていた。

しばらく間をおいて、鉦を合図に参列者は一同敬礼。同時に、閉じられていた高御座と御帳台の紫の帳とばりが侍従と女官たちの手によって開けられると、笏を持って立つ新天皇の姿があらわとなった。鼓の音を合図に安倍首相が御前に参進。するとほどなく陛下は「お言葉」を読み上げられ、静寂のなかに玉音が麗々しく響いた。

「ここに即位礼正殿の儀を行い、即位を内外に宣明いたします」

続いて首相が国民を代表して即位を祝福する「寿詞」を述べ、「万歳」を高らかに三唱。一同もこれに唱和した。合わせて皇居の森に21発の礼砲の音がこだました。

 

ところで、即位礼で玉座となった高御座とは「最高(至尊)の御座(玉座)」を意味し、天神の子孫としての天皇の地位(皇位)を象徴し、新天皇はこの座に昇った瞬間に正式な即位を成就する。浜床と呼ばれる方形の基壇と、壇上の八角形の屋形部分からなり、屋形の頂上には羽ばたく鳳凰の飾りが置かれ、全体の高さは5メートルにもなる。屋形内には左右に剣璽と御璽じ・国璽を置く台が、中央には御椅子が置かれている。床には畳が敷かれていて、本来はこの上に茵を置いて玉座としたという。いうなれば、これは「天皇」をご神体とした巨大な神輿であり、神裔としての天皇の「神座」である。

 

高御座は古来、即位式や正月の朝賀など、宮中の重要儀式の際に玉座として用いられた唯一無二のもので、平安時代には内裏の大極殿に南面して置かれ、室町時代以降に紫宸殿での即位式が定着するようになると紫宸殿に置かれるようになった。

幕末に火災で焼失してしまったが、大正2年(1913)に新調され、それが今回も用いられた。平安時代末期の絵図『文安御即位調度図』などにもとづき古式が忠実に再現されていて、大正、昭和、平成それぞれの天皇の即位礼でも大役を果たしている。

ちなみに今回、平成時と異なり、天皇陛下は中庭側の廊下を通らずに、側扉から正殿松の間へ入室したので、高御座の帳が開くまで姿をはっきりあらわさなかったが、これが本来のかたちなのだという。

 

「即位礼正殿の儀」は5月1日の「剣璽等承継の儀」にはじまる一連の天皇即位儀礼の中核をなすものだが、11月14日には、総仕上げともいうべき儀式「大嘗祭」が皇居・東御苑に設営される大嘗宮を祭場として執り行われた。

大嘗祭は新天皇が天照大神・天神地祇を篤く奉斎する非常に古い歴史をもつ祭祀で、これによって新天皇は霊的にも皇位継承を果たしたことになる。

 

(ムー2019年12月号より抜粋)

文=古川順弘

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