とても甘い話/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 連載第62回は、〝たいへんなもの〟を食わされる、そして食われる怪異を補遺々々します。

 

なめてみなさい

※お食事中の方は読むのをやめてください。

 

その家の井戸端には柿の木がありました。とてもおいしそうな実がなっています。

この家で働いている女中は、いつもその柿の実を見て、こう思っていました。

「おいしそうだなぁ、なんとかして、ひとつ食べたいなぁ」

 

そんなある晩です。

ドンドンドン。

表の戸を叩く音が聞こえてきます。

「開けろ、開けろ」

男の声も聞こえてきました。

こんな夜中にだれだろう……女中は不安になり、こう返します。

「今、だれもいませんから、開けられません」

「いいから開けろ、いいから開けろ」

しかたがなく、恐る恐る戸を開けますと、そこには背の高い、真っ赤な顔の男が立っています。

恐ろしくて震えていると、男は室内に入ってきて、こう要求しました。

「串を持ってこい」

怖いので女中はいわれるままに串を持ってきます。

すると今度は、こんなことをいってきました。

「俺の尻くじれ、俺の尻くじれ」

 

くじる――この言葉を『広辞苑』でひくと、

  • うがつ。えぐる。
  • えぐって中にある物を取り出す。
  • 穴の中に棒状の物を突き入れてかきまわす。

 

常軌を逸した要求ですが、相手は怖そうな大男、ここは従わざるをえません。

男の尻を、串でほじくりました。

「なめろ、なめろ」

最後の要求を伝えると、男は去っていきました。

残された女中は、串についたモノを舐めました。

とても甘い、柿の味がしました。

 

 

これは『聴耳草紙』にある「柿男」という話です。

赤い顔の大男。その正体はタイトルからもわかりますね。

庭の柿が男に化けて、女中の願いを叶えてくれたのだと思えば、とてもよい話ですが、もう少しやり方があったのではないでしょうか。

どうも、女中の願いだけを叶えにやってきたわけではないように思えます。

 

食ってみろや

宮城県には「柿の化物」という、こんな昔話もあります。

 

ある寺の小僧が庭掃除をしていると、見かけない男が小僧を呼んできます。

何の用かと聞くと、

「すり鉢があるだろう、持ってこい」

というので台所から持ってきますと、男はいきなり尻をまくって、そのすり鉢にびりびりとひりました。

「小僧、食ってみろや」

怒ったような声でいうので、嫌ではありましたが、男が出したものを食べてみました。

これがなんと……とてもうまい柿の味がするではありませんか。

「うまかったろ、またくるからなや」

男は去っていきました。

 

以来、この男は和尚さんが留守にすると必ず寺にやって来て、びりびりとやったものを小僧に食わせました。

とんでもない野郎ですが、小僧も小僧で「うまいうまい」と、すっかり夢中です。

でも、ある時ふと、

「あの男はどこの何者だろうか」

と考えました。

一度考えだしたら怖くなってきて、この件を和尚さんに話してしまいます。

和尚さんは小僧の話を聞いて、そいつはヤバい奴だから、もし今度来たら後をつけてみろと伝えました。

 

――そして、その日がやってきます。

和尚さんが檀家まわりで外出している間、例の糞食わせ男がやってきました。

いつものごとく、びりびりとひったものを小僧に食わし、帰っていきます。

その後を小僧は、こっそりとつけました。

男はどんどんと山の奥へと歩いていき、小僧はがんばってついていきましたが、とうとう見失ってしまいます。

その場所に目印の笹をさして帰り、翌日、その場所まで和尚さんとふたりで行きますと、和尚さんは鼻をぴくぴくさせ、こういいます。

「柿くさい、柿くさい」

においをたどっていきますと、そこには大きな柿の木がありました。

だれにももがれることのなかった柿の実は、もったいないことに、ぼたぼたと地面に落ちています。

きっと柿の実が化けて寺に来たのだろうと、食べられそうな柿の実を持ち帰ると、それからはもう、謎の男は寺へ来なくなったといいます。

 

食べないで!

「柿男」「柿の化物」はたいへんなものを食わされる話でしたが、次は食べられてしまう話です。

 

ある男性が製麺場の機械を修理しにいった日のことです。

晩の帰り道、永太郎(地名)の山にある神経痛の神様のところを通りかかると、急に大きいほう(便)がしたくなりました。

今のようにトイレを貸してくれるコンビニエンスストアもありません。

しかたがなく、そこらへんでいたします。

すると、しばらくして――。

ベタベタ。

奇妙な音が聞こえてきました。

何かが自分の便を食べているようです。

ふと見ると、前のほうを美しい身なりの小さなお坊さんが歩いています。

 

こんな奇妙な晩は、この一度だけではありません。

次の日も、同じ道を通って帰っていますと、「うっ」……昨日と同じ場所で便意に襲われました。今のようにトイレを貸してくれるコンビニエンスストアもありませんから、この夜もしかたがなく、そこらへんでいたします。

するとまた、ベタベタという、あの音が――。

見ると、昨日も見たお坊さんが、前のほうを歩いています。

 

なぜか、この場所を通ると決まって大便がしたくなり、排泄後、なにものかがベタベタと音をたてて自分の便を食べているようなのです。

そして決まってその後、美しい小さな坊さんが前を歩いている……。

 

こんな不思議なことが3日ほど続きます。

どう考えても、怪しいのはお坊さんです。

――よし、正体を暴いてやろう。

ある晩、同じ道を通るとき、自分の股の間から後ろを覗いてみました。これは昔からある、化け物かどうかを見破る方法だからです。

後ろにいたのは、狐でした。

逆立ちをして、尻尾をふらふらさせていたといいます。

恐らく、うんこを食べていたのも、きれいなお坊さんの正体も、この狐だったのでしょう。

愛知県西加茂郡小原村(現在・愛知県豊田市)に伝わるお話です。

 

<参考資料>

佐々木喜善『聴耳草紙』

山田野理夫「宮城の民話」『日本の民話』四巻

『民俗採訪』四十九年度

 

文・絵=黒史郎

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