見出し画像

北極に異次元空間への扉が実在する!! 地球空洞論の超科学/ToM・総力特集

中身の詰まった球形と思われている地球の内部は空っぽだった? そして、われわれの世界と空洞世界を結ぶ入り口は南の両極にあり、その内部世界には超人類による高度な文明が築かれている……。
17世紀イギリスの天文学者エドモンド・ハレーに端を発し、4世紀後の今なお論じられつづけているこの「地球空洞説」は、内部世界を訪れた幾多の人々の証言にもかかわらず、荒唐無稽なものと否定されてきた。
だが、現代物理学における多元宇宙論によると、空洞世界=異次元世界は実在するというのだ‼

文=ToM

地球の内部は〝密〟か〝空〟か?

 現代科学においては、地球内部の構造は地表面での観測で得るしかない。中でも最も優れた方法は地震波の分析である。それによると、地球は外側から岩石質の地殻、岩石質の粘弾性体=マントル、金属質流体の外核、金属質固体の内核という大構造から成る。
 上部マントルには、地表面からの深さ100キロ付近に、地震波が低速になる層(アセノスフェア)がある。これは部分的に溶融しているとされ、上部の相対的に冷たく硬い層とは物理的に区別される。アセノスフェアの上にあり、上部マントルの一部と地殻から成るこの層を岩石圏といい、十数枚のプレート(板)に分かれている。

画像1

科学的に確立された地球の構造。ちなみに「D"層」とはマントルの最下部に当たる。

 地球のプレートには、大陸を含む大陸プレートと、海洋地域のみを含む海洋プレートの2種類がある。
 海洋プレートは中央海嶺で造られ、マントル対流に運ばれて中央海嶺から離れる。その間にも中央海嶺では次次にプレートが造られるので、海洋底が拡大する。大陸プレートは海洋プレートより相対的に軽いため、海洋プレートが大陸プレートとぶつかるとその境界でマントル中に沈み込み、日本海溝のような沈み込み帯を造る。
 前述のように、プレートはマントル対流によって運ばれる。海溝を伴う海洋プレートはそうでないものより拡大速度が速い。これは、マントル対流の他に沈み込んだプレートに引っ張られる効果が加わるためとされる。
 地球の中心核=コアは外核と内核に分かれる。外核の主成分は鉄とニッケルと推定されているが、水素や炭素などの軽元素を10パーセント以上含むとしなければ、地震波速度と密度の説明ができない。
 内核は地球内部の冷却に伴い、外核の鉄とニッケルが析出・沈降してできたとされ、現在でも成長が続いているといわれる。ただし、内核の環境である320万気圧では金属鉄はその性質上、固相をとるためともされる。
 地球中心部の圧力は約400万気圧、温度は物質組成とエネルギー輸送過程に依存するため正確には不明だが、約5000〜8000度Kと推定される。
 また、対流や地球自転などに起因する外核の金属流体の動きによって電流が生じ、この電流により磁場が生じると考えられている。これが地球磁場だ。このように地球の力学的な運動と結びついた磁場発生・維持機構を〝ダイナモ機構〟という。
 マントルは珪酸塩鉱物であり深さ約2900キロまで存在し、地球の体積の83パーセントを占める。全体の化学組成は、必ずしも判明していない。上部マントルは、かんらん岩または仮想的岩石のパイロライトから成るとする考えが主流だが、下部マントルについては輝石に近い組成とする説もあり、定説がない。
 マントルは核によって暖められ、また自らの内部にも熱源を持つ。そのため固相のマントルはゆっくり対流しながら熱を地殻に運ぶ。地殻に近い位置では対流は起こらず、地殻と一体化するような動きをしており〝プレートテクトニクス〟という水平運動を起こす。

地球の矛盾を解消する〝空洞論〟

 現代科学による大まかな地球像について簡単に解説した。だが、これだけでは理解できない現象も発生している。ある種の震動が予測通りの結果を生じないのだ。
 広大な影の領域(シャドー・ゾーン)が地球の反対側に現れるが、まるで地球の中心を通る震動の経路を何かが塞いでいるように見える。また地震学者は地震活動に特有の奇妙な現象を観察している。地震のたびに震動が継続し、地殻に共鳴が起きるのだ。低周波すぎて人の耳には聞こえないが、巨大な鐘のように地球が共振するのだ。これらについて専門家は答えられない。
 だが、こうした問題点は〝地球が空洞〟であると考えれば解決する。そのためか「地球空洞説」は何世紀にもわたって、人々の関心を集めてきた。
 最初に地球空洞説を唱えたのはイギリスの天文学者エドモンド・ハレー(1656〜1743)。彼は地球が厚さ500マイル(約800キロ)の地殻を有し、その内部には生命が生存可能とした。19世紀に至り、同説は多くの大衆の関心を引いた。

画像2

地球空洞論の先駆者、エドモンド・ハレー。

 そして、アメリカの陸軍大尉ジョン・クリーブス・シムズ(1779〜1829)が、一連の考察を行った。シムズは地球が5層の同心球から構成され、直径1400マイル(約2240キロ)に及ぶ開口部が北極と南極に開いていると主張した。

画像3

シムズの空洞地球の概念図。

 さらに、アメリカの著述家マーシャル・B・ガードナー(1854〜1937)が同説を取り上げ、著書で理論を展開した。それによると、地球は800マイル(約1280キロ)の厚さの球形の地層と内部空間の中心に直径600マイル(約960キロ)の太陽を有する構造となっている。内部は生物の生存が可能だという。彼はまた、両極の開口部は氷に閉ざされているが、北極圏の先住民が本来、地球内部に住んでいたという伝説を有し、マンモスの凍った死体がロシアのシベリア地方で発見されたことなどが、空洞地球の証拠であると述べている。

 追っても述べるが、今日稼働する人工衛星の画像で両極の子細を見ても、開口部の明確な確認はできていない。しかしながら、地球内部へ旅したという人々は少なくないのだ。

画像4

ガードナーの空洞地球の概念図。中心部に太陽がある。

空洞世界への旅人と北極探検家たち

 空洞世界に関する伝説は、古くから世界各地に残っている。
 古代ギリシアには〝ヒュペルボレイオス(北風の彼方に住む民族の意)〟
が、北極の彼方の温暖な陸地に住むという神話があり、チベットにも地底王国〝シャンバラ〟に関する伝説が存在する。ロシアの画家ニコライ・レーリッヒ(1874〜1947)や、ナチス・ドイツがこれらの地=チベットの探索を行っている。
 アメリカの作家ウィリス・G・エマーソン(1856〜1918)は著書『スモーキー・ゴッド』において、地球内部を訪れたというノルウェーの漁師の体験記を、小説の形で発表した。
 ――1829年4月、ノルウェーの漁師オラフ・ヤンセンとその父は、漁船で沿岸を北上していた。だが、北極圏に入ると、海が突如荒れ、嵐になった。嵐は何日間も続き、船は押し流された。数日後、嵐は収まったが、周りの風景がおかしい。船の前後には空が広がっているものの、上下左右に、海の壁のようなものがある。まるで水中のトンネルを航行しているかのようだ。
 奇妙な風景は数日間続き、やがて水平線が見える通常の海に戻った。だが、やはり何か違う。太陽が妙に赤いし、海自体もこれまでの海とは異なる感じだ。違和感を覚えながらも、親子が船を操縦していると、目の前に巨大な船が現れた。親子は助けを求めようと船に近づいたが、乗組員たちを見て驚いた。全員、身長が4メートル以上もあるのだ。

ヤンセン親子

地底世界の巨人たちとヤンセン親子。

 しかし、怯おびえるふたりに、巨人たちは友好的で親切だった。そして、これから自分たちの国に案内するという。巨人たちの言葉はサンスクリット語に似ており、かすかに理解できた。この後、ヤンセン親子が連れていかれたのはエヒウという都市だった。
 朝夕には燃え立つような赤色で、日中は美しい白色のスモーキー・ゴッド=この世界の太陽は、地球内部の巨大な空間の中央に浮かんでいた。その下で平均寿命が約800歳という巨人たちは高度な文明を築いていた。都市には親子が初めて見る機械が数多く存在した。建物は黄金で彩られ、農作物も豊富で、すべてが巨大だった。
 やがて親子は、首都エデンにある宮殿へ連れていかれた。その際の乗り物は、電気的な仕掛けで1本のレールの上を走るものだった。そして、宮殿の大広間の荘厳な雰囲気の中、この内部世界を統治する最高指導者の前に立った。親子は彼から滞在許可をもらい、2年ほどこの国ですごすことになる。
 エデンには4つの川の源となる巨大な泉があった。この場所は住民たちに〝地球の中心〟などと呼ばれていた。川の名前はユーフラテス、ビション、ギホン、ヒデケルだった。内部世界の陸地は地表の約4分の3で、残りの4分の1が水域だった。気候は高温多湿で毎夕、靄もやが大地から立ちのぼり、毎日一度は雨が降った。

画像8

ヤンセン親子が訪れた世界のイメージイラスト。

 2年余りが経過し、親子は外部世界に戻る決心をする。旅立ちに際して巨人たちは、金塊とこの地底世界の地図を土産に持たせてくれた。
 親子は元の漁船に乗り込み、地底世界の海に出た。風は南側に吹いていた。つまり、北の開口部から吹き、南に流れていくようであった。
 旅の途中でふたつの大陸を隔てる狭い海峡を通り抜けた。やがて外気温が下がり、流氷が見えてきた。コンパスは北の開口部から入ったときと同様、フラフラと方向が定まらない。
 やがて水のトンネルを抜け、親子は元の世界へ戻ってきた。ところが、そこは北極ではなく、反対側の南極の海だった。親子は途方にくれた。ノルウェーに帰るには長い旅になるが、このまま航海するしかない。だが、嵐というさらなる不運が親子を襲う。船は破壊され、父親は船や巨人たちの土産とともに、海に沈んだ。息子のオラフは、氷山に乗って漂流しているところを、通りかかった捕鯨船に救助された。
 ヤンセン親子の体験したこの事件はだれも信じず、結局、妄想ということにされ、その後オラフは28年もの間、精神病院ですごしたのであった……。

巨人たちは失われた文明の末裔だった?

 実はヤンセン親子に限らず、北極海で同様の体験をした船乗りが何人もいるという。親子の体験とほぼ同時期に、他にも3件ほど酷似した事件が発生している。また、南極海においても同様の事件が起こっている。さらに、ノルウェーの漁村などではこうした体験談が昔から伝わり、また船乗り自身の手記としても残っている。一例として北方人種の末まつ裔えいという男がアメリカの医師に次のような体験談を話している。

―—男はノルウェーの北極圏付近に住んでいたが、ある夏に友人とともに漁船で北方に旅行することした。1か月分の食料を漁船に積み、ふたりは北極点を目ざした。約1か月の航海後、彼らは北極の彼方の不思議な海域にたどりついた。極地なのに暖かいのだ。その海から、彼らは大きな山のようなものを見た。山に向かうと海はなくなり、彼らは地球の中に向かうらしき巨大な渓谷を航海していた。両岸には多数の動植物が見えた。
 さらに進むと奇妙な国に到着した。そこでは地球上に比べて何でも大きく見えた。そしてふたりは親切な巨人たちに出会った。巨人たちは地上の人間と同様に家に住み、移動にはモノレールに似た乗り物を使っていた。彼らはふたりを家に連れていき、食事を出してくれた。食材はどれも大きく、ブドウもひと粒の大きさが表世界のモモくらいあった。そして、果物も野菜も地上とは比較にならないほど美味なのだ。
 ふたりは約1年間、巨人の国に滞在したが、そこで見たのは珍しいものばかりで、科学技術も非常に発達しているようだった。
 ふたりが表世界に帰るとき、巨人たちは必要なものを準備してくれた。なお、彼らはアトランティス大陸の生き残りで、大陸が海に沈む前に地球内部に住みついたのだという。

画像5

ギリシア神話に伝わる北方の民族ヒュペルボレイオスが住むとされる温暖な地域の古地図。北極を中心として描かれている。

穴が確認できなくても未知の陸地は存在する?

 それにしても、北極に地球内部に通じる穴が本当に開いているのだろうか? 実は近年、それらしきものが衛星によって何度か撮影され、話題を呼んだ。
 たとえば1967年1月6日、アメリカの商務省環境科学サービス局(当時)が打ち上げた気象衛星エッサ3号が、北極と南極に穴らしきものを初めて撮影し、続いて1968年11月23日、同じく気象衛星エッサ7号が鮮明な〝北極の穴〟を撮影した。
 それだけではない。1969年にNASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙船アポロ11号から撮影された地球の映像で、北極付近に開口部らしきものが写っており、当時、地球内部への開口部の証拠として注目された。ただし、その後、これはアラスカ沖に発生した大きな低気圧の目であることが判明している。以後、地球内部への入り口は確認されないままとなっている。
 だが、実際は過去において、北極地方の探検家らにより、未知の陸地が存在するらしい事実が指摘されている。

画像6

アポロ11号が捉えた地球の映像。北極に開口部らしき部分がある。

北極点を目指す命知らずの探検家たち

 北極点到達を目指した探検の最初のひとつが、イギリス海軍少将ウィリアム・エドワード・パリー(1790〜1755)率いる探検隊であり、北緯82度45分にまで達している。その後も各国の探検隊によって北極探検が何度も行われ、未知の陸地の存在について調査が重ねられてきた。そして、アメリカの探検家ロバート・ピアリー(1856〜1920)は、かつてグリーンランドにおいて黒い塵が大量に降下するのを体験し、これが未知の土地からの火山塵かもしれないと考えた。
 さらに幾人かの探検家は、実際に北極付近で広大な土地を見たことを報告している。これらは1811年にロシア、ノボシビルスク諸島北西部で発見されたサニコフ島や、1906年にカナダ、アクセルヘイベルグ島北部で発見されたクロカー・ランド等についての報告だ。
 また、北部アラスカやシベリアを探検した人々は、動物の遺骸だらけの広大な堆積地帯を発見している。自然に育つ樹木がまったくないこの極寒地帯に、凍結した骨が樹木とともに大量に埋まっているのだ。この環境で動物が生存することは不可能であるにも関わらず、である。骨の中には絶滅種のものも混じっていた。たとえばマンモス、マストドン、巨大バイソン、それにウマ科に属する特殊な種の骨である。
 これらの堆積がシベリア、アラスカ、さらにその北方の島々に広がっていた。マンモスの冷凍死体の胃の中には、より南の温暖な気候でないと育たない草などの植物が含まれていた。
 遡れば、フランドル(現ベルギー)の地理学者ゲラルドゥス・メルカトル(1512〜1594)が1569年に作成した世界地図には、なぜか〝北極大陸〟が描かれている。この大陸には『スモーキー・ゴッド』に出てくる4つの川もある。メルカトルはどこからこの川に関する知識を得たのか?
 これらを総合すると、未知の陸地または地球の開口部は確かに存在する。ただ、その位置は極点でなく、ややシベリア側に位置していると推測される。
 しかし北極探検隊の報告にも関わらず、現時点では極地を人工衛星により撮影した写真の結果から、陸地または開口部らしきものは確認されていない。
 また東西冷戦中、原子力潜水艦の航路として、アメリカ本土に近い北極海の海底の形状が調査されたが、そうした開口部は発見されていない。

 ちなみに、地球空洞説を信じる人々は、北極の開口部の発見が困難な原因として、以下の主張をする。
①開口部が極点ではなく、それからずれた位置にある。
②開口部はそれほど大きくないため、上空から確認しにくい。
③現在の軌道上からの衛星写真が故意に修正されるか、隠蔽されている。

 だが、こうした否定的事実にも関わらず、開口部は存在するかもしれない。筆者はかつてインターネットを利用してNASAのコンピュータシステムにアクセスし、1998年から1999年にかけて極軌道衛星「UWマディソン」の映像を収集分析したことがある。

画像10

極軌道衛星UWマディソンの軌道。(右)UWマディソンのイメージイラスト。

 同衛星は両極の間を周回する軌道をとり、可視光線の他に赤外線領域での波長のセンサーを搭載している。これによると、北極付近に温度が周囲の場所と明らかに異なる部分があることがわかる。これが北極の開口部か?
 しかし、それは視覚的にはっきりとわかる大きなものではない。また、南極については穴らしきものは認められていない。

画像11

UWマディソンの画像から、筆者が推定した北極の開口部の推定位置(二重円内)。

 だが、北極付近には、南極には認められない可視光線の黒い影の部分とほぼ同じ位置に、温度が周囲と異なる部分が存在するのだ。このことから、黒い影の部分が地球の開口部の位置と重なり合っている可能性もある。
 他の極軌道衛星のデータもチェックしたが、結果はほぼ同様だった。この開口部らしき部分の位置は、筆者がUWマディソンの衛星写真から推定したところ、北緯80度、東経80度度である。

画像9

極軌道衛星が捉えた北極付近の映像。丸で囲まれた部分が温度の高い。

 これはまた、極地探検のデータによる推定位置とほとんど一致する。さらに、最近の衛星による北極の温度分布の計測結果ともほぼ一致していると思われる。すなわち、周囲に対して温かい部分があり、そこが地球の開口部に当たると考えられるのだ。これらから、北緯80度、東経80度に北極の開口部が存在する可能性は高い。ただ、開口部は北極点から見るとロシア側に位置し、そのサイズも小さいことがわかる。
 1986年2月19日に打ち上げられ、2001年3月23日まで運用された旧ソ連の宇宙ステーション、ミールから撮影された画像も公開しよう。光を放つ穴から水蒸気が噴出していることがわかる。これが北極の開口部だとすれば、穴からの光はもしかすると内部太陽が放射するものなのかもしれない。

画像12

ミールから撮影された北極の開口部と思われる画像。蒸気が噴出していることがわかる。

 なお、アポロ11号が撮影した北極の開口部の画像が低気圧であることは前述した。だが、NASAは1980年代にすでに地球内部に通じる北極の穴について認識し、その地形図を作成していたという情報もある。

―—このように宇宙から見たとき、シベリア付近の北極地域に何か〝常識に反する場所〟が存在することがわかる。そして、この場所=開口部から実際に地底に広がる異世界を探検したという人物がいるのだ。

空洞世界の訪問者バード海軍少将の功罪

この続きをみるには

この続き: 17,245文字 / 画像21枚
記事を購入する

北極に異次元空間への扉が実在する!! 地球空洞論の超科学/ToM・総力特集

ムーPLUS

500円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

ネットの海からあなたの端末へ「ムー」をお届け。フォローやマガジン購読、サポートで、より深い”ムー民”体験を!

いいことありますよ!
10
スーパーミステリー・マガジン「ムー」の公式サイトです。 ウェブマガジン「ムーCLUB」にて極秘情報を配信中。 本誌記事のほかウェブオリジナル企画にて、世界の謎と不思議をご案内します。

こちらでもピックアップされています

ウェブマガジン ムーCLUB
ウェブマガジン ムーCLUB
  • ¥900 / 月

ムー本誌の特集記事のほか、ここだけの特別企画やインタビュー記事、占いなどを限定公開。オカルト業界の最奥部で活動する執筆陣によるコラムマガジンです。なんだかんだ、毎月30~40本投稿あり。一部記事は全文公開します。