フィンドホーンtop

スコットランドの「妖精の園」フィンドホーンへ! 現地で体験した精霊と野菜の奇跡

スコットランドの北東部にフィンドホーンという共同体がある。この共同体は、1962年に設立されて数年もたたないうちに、世界中の注目を集めた。痩せた土壌であるにもかかわらず、自然界の精霊と人間が協力することで、巨大な作物が育ったからだ。
3人のメンバーからはじまり、半世紀以上が経過した今では約500人を擁するまでになり、奇跡はなおもつづいている。
「体験週間」に参加した筆者による現地レポートをお届け!

文・写真=文月ゆう

世界が注目するフィンドホーンの奇跡

 イギリス、スコットランドの北東部にあるフィンドホーンという共同体をご存じだろうか。
 フィンドホーン湾に面し、北緯は約57.7度。あと900キロも北上すれば、北極圏に到達する。少し離れた海岸まで足を伸ばせば、年に数回、オーロラが見えるという。
 最寄りの海岸へは、歩いてほんの数分。あたり一帯は痩せた砂地で、水分や養分が乏しい。周囲を見渡すと、ハリエニシダやハイマツが、吹きすさぶ海風を受けたそのままの姿で、いくぶん斜めに立っている。地面には、尖った葉を持つ背の低い草が根を張り、乾いた土があちこちに露出している。

画像1

共同体の入り口にある看板。敷地内は、明るくオープンな雰囲気に満ちている。(写真=フィンドホーン財団)

 アイリーン&ピーター・キャディ夫妻とドロシー・マクリーンの3人が、この荒れ地に共同体を設立したのは、1962年のことだ。
 3人は、強固な絆で結ばれていた。
 瞑想の中で、内なる神の声を聞くアイリーン。それを迷いなく実行に移すピーター。自然界の霊的存在と交流できるドロシー。彼らが互いに信頼しあい、ひとつの目標に向かって各々が力を尽くした結果、この地でさまざまな奇跡が起こりはじめた。
 また、それに吸い寄せられるようにして、世界中から才能豊かな人々が共同体を訪れ、ある者はメンバーとして共同体にとどまった。こうしてフィンドホーンはしだいに成長していき、現在では、約500人のメンバーが共同体で暮らしている。
 日本では1990年代、環境問題に関心を寄せる作家で実業家、ポール・ホーケンの著作『フィンドホーンの魔法』や、共同体の創始者のひとり、アイリーン・キャディの自伝『フィンドホーンの花』、世界中でロングセラーとなっている『心の扉を開く』、日本人ではじめてフィンドホーンの評議員を務めた寺山心一翁(しんいちろう)氏の『フィンドホーンへのいざない』(いずれも日本教文社)などがあいついで発行され、精神世界やニューエイジに興味を持つ人々の間で大きな話題となった。

 ところで、多くの人を魅了するフィンドホーンの奇跡、魔法とは何か。
 設立初期の代表的な奇跡は、砂だらけの痩せた土地で、常識では考えられないような作物が育ったことだった。重さ18キロを超す巨大キャベツ、27キロのブロッコリー、通常の数倍はあろうかというエンドウマメ、冬に生き生きと咲くバラ……。
 しかも、それを可能にしたのは、自然界の精霊や天使たちのサポートだったという。彼らは、土づくりから水や肥料の与え方まで、事細かなアドバイスをくれた。共同体の人々がそれに耳を傾け、忠実に実行したところ、あり得ないような結果になったのだ。まるでおとぎ話である。

画像2

フィンドホーンは、スコットランドの北東部、北緯57.7度にある。

 じつは、フィンドホーンを「ムー」で取りあげようという話は、2018年から出ていた。ところが、それに向けて関連書籍を読んではみたものの、フィンドホーンがどのような場所なのか、いっこうに像を結ばなかった。
 そこで、いっそ現地へ行ってみようと思い立ち、2019年7月、フィンドホーンの「体験週間」に参加した。体験週間とは、この共同体を知るための最初の一歩として、45年以上にわたって実施されているプログラムだ。参加者は、土曜の朝から金曜までフィンドホーンに滞在し、ここでの暮らしを疑似体験する。

画像3

敷地内の池には睡蓮が咲いていた。こんなにピカピカな花は、はじめて見た。

画像4

タオルの上には、フィンドホーンで使われているメッセージカードが。

 体験週間初日の金曜日、バスから降りてしばらくすると、敷地内がオープンでクリアな雰囲気と温かさに満ちているのを感じた。それは、とても気持ちのよいものだった。
 そのことと関係があるのかどうか、敷地内の植物はどれも、やたら元気で生育状態がよかった。虫に食われたものや、しょんぼりとしたものは、ほとんど見かけなかったと思う。どの植物も、愛情をたっぷりと与えられて、健やかに育ったような印象だった。犬や猫なら、飼い主に大切にされ、可愛がられているかどうかは、おそらくだれでもわかるだろう。その植物版といおうか、とにかく喜びと幸せに光り輝いているように見えた。
 そうした植物の様子は、かつてのように巨大な作物はなくなったものの、この共同体で、依然として奇跡がつづいている証拠のように思えた。
 滞在して3日目には、ちょっとした自分の変化に気づいた。なんと、きわめて頑固な肩凝りが、消え失せていたのだ! 自慢じゃないが、幼少期から肩凝りに悩まされて五十数年。肩が軽いなどと感じたのは、いったい何十年ぶりか。ほかの旅行のときに肩が軽くなったという記憶はないので、ひょっとしたら、これもフィンドホーンの魔法かもしれない。帰国したら記事にしなくてはと、メンタル面ではそれなりに緊張していたはずだが、体のほうはすっかりくつろいでいたようだ。ちなみに肩凝りは、フィンドホーンを出発する朝、律儀に舞い戻ってきた。

 話を戻そう。
 フィンドホーンでは、もちろん現在も奇跡が起こりつづけている。まずは、その礎となった3人の創始者の物語から紹介していきたい。

画像5

後列左からアイリーン、ピーター、ドロシー。前列はキャディ夫妻の息子たちだ。(写真=フィンドホーン財団)

アイリーンの試練と内なる神の声

 アイリーンがはじめて内なる声を聞いたのは1953年のことだ。そのとき彼女は、人生のどん底にいた。
「落ち着きなさい。そして、私が神であることを知りなさい」
 その声は、聖堂で祈りを捧げるアイリーンに語りかけた。非常にはっきりとしていたので、アイリーンはだれかがしゃべったと思い、後ろを振り返った。しかし、だれもいなかった。
 じつは、アイリーンとピーターが結ばれたとき、ふたりはどちらも既婚者だった。ピーターの妻のシーナ・ガバンは、霊的指導者として人望を得ていた人物で、ピーターの師でもあり、アイリーンの存在を受け入れていた。
 一方、アイリーンの夫であるアンドリュー・クームは空軍将校で、正直・純潔・無私・愛を信条とする道徳再武装運動(MRA)に傾倒していた。もちろん、妻の不倫を許すはずがない。しかも、夫婦の間には5人の子供がい。
 ピーターとの関係を知らされたアンドリューは、二度と家に帰ってくるなとアイリーンに告げた。これに打ちのめされたアイリーンは、聖堂で祈ることしかできなかった。先述の声は、そのときに聞こえてきたのだ。
 声はつづいた。
「私はピーターとあなたを特別の目的のために一緒にさせたのです。あなた方は一体となって働くのです……」
 アイリーンはショックを受け、自分の気が変になったと思った。ピーターと出会って恋に落ちるまで、彼女は貞淑で控え目な妻で、精神世界とは何のかかわりもなかった。
 だが、アイリーンの動揺をよそに、シーナとピーターは、彼女が神の声を聞いたと確信していた。以後、アイリーンはシーナとともに暮らし、彼女を師として、瞑想の中で内なる神の声を聞く訓練を積むことになった。
 とはいえ、彼女らの関係は、円満ではなかった。アイリーンの自伝を読むと、シーナは彼女に対して高圧的で、ささいなことでもひどく叱責したようだ。そのため、アイリーンにとっては非常に辛い期間がつづいた。
 途中、とうとう耐えきれなくなったアイリーンが、残してきた子供たちのもとへ一時的に戻ったものの、ふたたびピーターとともに出奔したため、前夫や子供たちとの関係をいっそうこじらせてしまったこともある。
 ただ、後年アイリーンは、このときシーナに抱いたネガティブな思いは、自分の心を映したものに過ぎなかったという趣旨のことを述べている。
 また、フィンドホーン創設者のひとりドロシー・マクリーンは、もともとシーナの秘書、親友、信奉者で、そのつながりからピーターやアイリーンとの縁を得た。つまり、シーナという女性がいたからこそ、3人の創設者がめぐりあえたともいえる。

画像6

かつてはホテルだったクルーニーヒル。現在はフィンドホーンが所有している。(写真=田渕睦深)

 やがてシーナとの関係を卒業すると、ピーターとアイリーンは法律的に夫婦となり、職を捜しはじめた。そこで見つけたのが、クルーニーヒルホテルの支配人という仕事であった。
 現在、クルーニーヒルは、フィンドホーン財団が所有し、メンバーや訪問客に門戸を開いている。だが、この時点では、神を除いて、だれもそんなことを予想してはいなかった。
 幸いなことに、ピーターの秘書兼ホテルのレセプションというかたちでドロシーを雇うことができたので、一同はクルーニーヒルへ移った。
 ホテルの経営は、大きなことから小さなことまで、逐一アイリーンの内なる声の指示に従って進められた。
 風呂つきの部屋を希望してきた人に、どう対処したらよいか。
 従業員として、だれを雇い入れ、どの部屋をあてがい、いくら支払うか。
 宿泊客の部屋割りをどうするか。
 そんなこともすべて、アイリーンを通じてガイダンスを受け取ったピーターが、忠実に実行した。
 あるとき、アルコール依存症の料理長がひどく酔っ払い、料理の支度もせず、床に伸びて動かなくなった。
 アイリーンが、どうしたらよいかを内なる神に尋ねると、「もう一杯、彼にウイスキーを飲ませなさい」という答えが返ってきた。思いもよらない答えだったが、ピーターはいつものようにガイダンスを全面的に受け入れ、ただちに実行した。すると料理長はたちまち正気を取り戻し、すばらしい料理をつくったという。

画像7

庭の端で、小石が同心円を描いていた。フィンドホーンには、このような「作品」が数多くある。

画像8

クルーニーヒルの庭園。元気一杯の植物で満ちている。

 クルーニーヒルで働くようになって2年目あたりから、アイリーンたちは愛の放射というテーマを内なる神からレクチャーされるようになった。
 何をしていても愛を放射しなさい、愛をもってすべてを行いなさい、そうすれば結果が表れてくると、内なる神は告げた。
 アイリーンたちは、ガイダンスに従って、世界各地で同じような体験をしているグループに、愛のエネルギーを送った。そうすることで、グループ同士が結ばれるというのだ。
 愛を送っているとき、アイリーンは、一面識もない相手の容貌などをありありと見ることがあった。後年、アイリーンは彼らの何人かと対面を果たし、そのときのヴィジョンが正しかったことを感動のうちに確認した。
 アイリーンはまた、前夫のアンドリューと5人の子供たちにも愛を送り、いつの日か和解できるよう祈った。
 子供たちに送った手紙やプレゼントは、いつも開封されずに返送されてきたが、アイリーンは内なる声に従い、愛を送りつづけた。そして、長男のリチャードを皮切りに、ひとり、またひとりと心のつながりを取り戻し、かなりの時間はかかったものの、最終的には全員と穏やかな関係になれた。
 なお、愛をもってすべてを行うことや、愛を送るという行為は、現在のフィンドホーンにも継承されている。

画像13

広々とした庭の奥に、ブッダの像が見える。フィンドホーンには宗教の垣根がない。(写真=田渕睦深)

画像13

「体験週間」を一緒に過ごしたメンバーとともに庭を散策する。(写真=田渕睦深)

 あるときピーターは、クルーニーヒルホテルの改修を雇い主に要求するために、自分たちが神のために働いていること、改修は神の指示であることを熱弁し、アイリーンがメモしたガイダンスを見せることまでした。
 その直後、アイリーンが受けたガイダンスの内容は、雇い主がピーターの熱弁に当惑し、神がなぜそんなに細かいことまで指示するのか、奇妙に感じているというものだった。
 ともあれ、クルーニーヒルは、ピーターたちが着任してから5年のうちに目覚ましい業績を上げ、3つ星から4つ星へ格上げされた。
 だが、風変わりな経営をするホテルという評判が立ってもいた。支配人のピーターが、一日に何度もアイリーンの意見を求めにいくし、神の言葉で運営されているホテルだというピーターのコメントが、新聞に掲載されたからだ。ピーターの雇い主は、これを迷惑だと感じたらしい。
 1962年の初頭、一同は、トローサックスホテルへの異動を命じられた。そこは、「支配人の墓場」と噂されているホテルだった。
 だが、そんな噂とは裏腹に、トローサックスホテルは、谷間の湖に面した美しい場所にあり、クルーニーヒルよりずっと設備が整っていて、しっかりした従業員がいた。噂はたんなる噂であって、すべてがうまくいくだろうとアイリーンは楽観視していた。
 しかし、時間がたつにつれて、何かが変だと感じはじめた。普通より上等な住居なのに、従業員たちが文句をいうようになった。また、アルコールを飲む従業員が徐々に増えていった。さらには、前ぶれなく辞めてしまう者、湖で自殺を図る者、妻子を置いてホテルから逃げだす者……。
 ついには、いつもなら無尽蔵のエネルギーを発揮して困難を乗り越えていくピーターまでが気力をなくし、物事に対して無関心になった。
 ピーターは、クルーニーヒルに戻してほしいと雇い主に嘆願したが、聞き入れられなかった。そして、夏のシーズンが終わったころ、突然、一同は解雇をいい渡されたのだ。

画像10

画像11

クルーニーヒルの内部。かつては貴族に愛されたホテルだけに、優雅なつくりだ。(写真=田渕睦深)

 キャディ夫妻とドロシーには、次の職のあても住まいも貯金もなく、所有物といえるのは、一台のキャンプ用トレーラーくらいであった。
 やむなく一家は、フィンドホーンの海岸近くにとめてあったトレーラーに移り住み、数週間はバカンス気分で過ごした。ドロシーは、フィンドホーン村に部屋を借りることにした。
 だが、バカンスは、長くはつづかなかった。その場所は、ずっとトレーラーをとめておくことができなかったからだ。停留できる場所をあちこち捜しまわった結果、ガラスの破片やゴミが散乱する荒れ野の窪地に落ち着いた。1962年11月のことである。次の職が見つかるまでの一時的な居場所にするつもりだったが、結局、そこが共同体のはじまりの場所となった。
 翌年の春、トレーラーが建て増しされてドロシーが合流し、大人3人と子供3人は、一緒に暮らしはじめた。このトレーナーは、今もフィンドホーン内の同じ場所に置かれている。
 当時、夫妻の収入は、国から週に1度支給される8ポンドの失業手当てと、1ポンド10シリングの子供手当てのみ。そこで、トレーラーの周囲に畑をつくり、野菜を育てることにした。
 問題はほかにもあった。6人がひしめくトレーラーには、アイリーンが瞑想する場所がなかったのだ。内なる神に解決策を尋ねると、「公衆トイレへ行ったらどうですか」という答えが返ってきた。アイリーンは驚いたが、いざ実行してみると、神の言葉の適切さがわかった。早朝と深夜は、公衆トイレを使用する人がいないので、静かな時間を持つには打ってつけだった。それから何年もの間、アイリーンは毎日、悪臭の漂う公衆トイレに何時間も座って内なる神のガイダンスを受け取り、それをピーターたちに伝えた。
 このころドロシーは、瞑想中に不思議なメッセージを受け取っていた。それによれば、ドロシーの役割は、大自然のさまざまな力を感じ取り、そのエッセンスと目的を知り、人間界と調和させることだという。また、自然の精霊や野菜の精霊が光の領土に住んでいること、彼らは人間の役に立ちたいと思ってはいるが、同時に不信感を抱いていることを、その声は告げた。
 この報告を受けたピーターは大いに喜び、その声ともっと接触するよう促したが、ドロシーは戸惑っていた。
 だが、あるとき、ピーターの励ましと自分の好奇心に背中を押されてエンドウマメに意識を向けたところ、明瞭な答えが返ってきた。
「人間よ、私はあなたに話すことができます……」
 新たな奇跡のはじまりだった。

画像12

アイリーンは、2006 年に亡くなるまで、この家で暮らしていた。

自然界の精霊と人間との共同創造

この続きをみるには

この続き: 9,720文字 / 画像20枚
この記事が含まれているマガジンを購入する
ムーCLUBの記事の2月分まとめです。記事それぞれでも100円~200円で配信していますので、2~3本気になったら、こちらがお得です。

有料ウェブマガジン「ムーCLUB」(月額900円)で配信された有料記事の2月分セットです。

または、記事単体で購入する

スコットランドの「妖精の園」フィンドホーンへ! 現地で体験した精霊と野菜の奇跡

ムーPLUS

200円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

ネットの海からあなたの端末へ「ムー」をお届け。フォローやマガジン購読、サポートで、より深い”ムー民”体験を!

いいことありますよ!
25
スーパーミステリー・マガジン「ムー」の公式サイトです。 ウェブマガジン「ムーCLUB」にて極秘情報を配信中。 本誌記事のほかウェブオリジナル企画にて、世界の謎と不思議をご案内します。

こちらでもピックアップされています

ムーCLUB 2020年2月配信セット
ムーCLUB 2020年2月配信セット
  • 34本
  • ¥600

有料ウェブマガジン「ムーCLUB」(月額900円)で配信された有料記事の2月分セットです。