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教科書にも掲載された教育的奇譚「狼少女」の悲劇/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録

昭和の時代、少年少女がどっぷり浸かった怪しげなあれこれ。疑惑と期待、畏怖と忌避がないまぜだった体験を、“懐かしがり屋”ライターの初見健一が回想する。
今回は、”キョウイク”テキストとなった「狼少女」について。まずは概要のおさらいとなる前編です。

文=初見健一

昭和の定番「狼少女」と「野生児」たち

「森の獣に育てられた謎の『野生児』が発見された。その子は人語を解さず、ただ動物のような唸り声をあげ、手を使わずに生肉を食べる。四足で走れば人間離れした猛スピードで移動し、その瞳は夜の暗闇で爛々と輝く……」

 昭和世代であれば、こんな「奇譚」を1度や2度は聞いたことがあるだろう。70年代に子ども時代を過ごした人なら、1度や2度どころか「この種のネタにはもう飽きたっ!」と言いたくなるくらいにさんざん聞いたり読んだりしているはずだ。
「野生児」ネタは、なぜか昭和のオカルト児童書の定番だった。「世界のふしぎな話」みたいなアンソロジーには必ずといっていいほど入っていたのだ。
 類人猿に育てられた「ヒヒ少年」とか、カモシカと暮らしていた「カモシカ少年」、豹に育てられた「豹少年」など、さまざまなバリエーションがあったが、一番多く語られていたのが狼に育てられた「狼少年」。世界のあちこちで発見例があるとされていた。
 しかし、70年代に氾濫した「野生児」ネタのなかでも、最も広く流布していたのは「狼少年」ではなく「狼少女」だ。同世代ならその名の響きが耳に残っていると思う。「アマラとカマラ」という「狼少女」の姉妹の逸話である。いや、当時の多くの本では「姉妹」と表現されていたが、実際には血はつながっていなかったらしい。ともかく、狼によって「姉妹」のように育てられたふたりの少女が、「野生児」という昭和オカルトの定番ジャンルを象徴する存在だったのである。

なぞ怪奇超科学ミステリー大

僕ら世代には「アマラとカマラ」の物語をこの本で初めて知った、という人も多いはず。学研ジュニアチャンピオンコース『なぞ怪奇 超科学ミステリー』(斉藤守弘・著/学研/1978年)。強烈に印象に残る名著の多いジュニアチャンピオンコースのなかでも、前衛科学評論家・斎藤守弘のセンスが光りまくる名著中の名著だ。この一冊のせいでオカルト三昧の小学生時代を送ることになってしまった子は無数にいるだろう。

 彼女たちの物語や写真は多くのオカルト児童書に掲載されたが、真偽のわからぬ怪しい「奇譚」としてではなく、れっきとした「事実」として語られ、多くのマジメな大人たちによって議論された
 そもそも、この話を最初にとりあげたのはオカルト界隈の人々ではなく、教育者児童心理学者なのである。

「アマラとカマラ」が「発見」されたのは1920年のことだが、これが日本で広く知られるようになったのは1955年に翻訳・刊行された『狼にそだてられた子』(アーノルド・ゲゼル著/生月雅子・訳/新教育協会)がきっかけだった。この本は「アマラとカマラ」が保護され、「人の子」として「再教育」を受ける様子を綴った研究レポート。著者のアーノルド・ゲゼルはアメリカの心理学者・小児科医で、児童の発達研究という学問分野を確立したパイオニア的な権威だ。この本も完全に児童心理学・教育学に関するマジメな学問的研究書なのである。
 狼に育てられた野生児が人間世界に連れてこられ、そこで一般の子どもと同様の生活が送れるように「再教育」を施される……。この主題には、教育や文化といったものの意味を問い直すような複雑な問題が含まれている。
 獣とともに暮らしてきた野生児を強制的に「人間化」することは、果たして「正しい」のか? いや、そもそも「野生児」に限らず、自由奔放に生きようとする子どもを大人社会の型にはめるだけの現在の教育は、本当に「正しい」のだろうか?

「アマラとカマラ」は、結局「再教育」によっても「普通の子ども」として成長することはできず、保護されてから数年後、幼くして死んでしまう。無理矢理に押し付けられた人間としての教育や文化は、彼女たちを幸せにしただろうか? 狼たちとともに大自然のなかで「野生の掟」に従って伸び伸びと生きていた方が、彼女たちは幸福だったのではないか?……といった具合に、「アマラとカマラ」の物語はまず良識的な児童心理学者や教育者の間で、「教育というものへの本質的な疑念」を突きつけてくる「事件」として大きな話題になったのである。そのため、60年代から70年代にかけては多くの教科書に彼女たちの物語が掲載された。僕自身も小学生時代、道徳の教科書だか副読本だかに、「アマラとカマラ」の不鮮明な写真が載っていたのを覚えている。

狼にそだてられた子

「アマラとカマラ」の存在を世界に知らしめた『狼にそだてられた子』(アーノルド・ゲゼル著/生月雅子・訳/家政教育社/1967年)。原著は1941年に刊行され、日本では55年に初めて翻訳書が出版された。

人間の「善意」と「アマラとカマラ」の悲劇

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