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ケネディが語ったUFO情報が書かれていた!! 「マリリン・モンローの日記」の行方/並木伸一郎・フォーティアンFILE

UFO、UMA、超常現象など、世界にはびこる謎に、並木伸一郎が鋭く切り込む。今回は名女優マリリン・モンローが所持していた「秘密の日記」の謎に迫る。JFKとも関係したマリリン・モンローは、UFOと異星人の関係を書き残していたーー。

文=並木伸一郎

名女優が書き留めた秘密の「赤い手帳」

 セックスシンボルとして世界中を魅了したアメリカの女優、マリリン・モンロー。1962年、36歳の若さで世を去った彼女の死因は、睡眠薬の主成分であるバルビタールの過剰摂取による急性中毒死とされている。だが、自殺と断定するにはあまりに不可解な点が多く、死の真相については数多くの仮説が唱えられてきた。

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パーティでケネディ兄弟と話すモンロー。

 実は、謎を解く鍵を握るといわれるものがある。モンローが“秘密の日記”と呼んでいた「赤い手帳」だ。だが、日記替わりにしていたこの手帳が彼女の死期を早めたとされているのである。
 なぜか?
 実は、モンローが手帳に書き残していたのは日々の出来事だけではない。当時のアメリカ政府の機密事項、さらには国家の根幹を揺るがす不都合な真実まで記されていた。それゆえ、情報の流出を恐れる者の手で亡き者にされたという噂が囁かれているのだ。
 実際、彼女の死後、赤い手帳は行方不明となっている。この事実こそ主張の論拠であり、同時に謎を解く鍵とされる所以だ。だとしても、なぜモンローは機密情報を知り得たのか? なぜ消されなければならなかったのか? 本稿ではそのミステリアスな死の真相を追い、事件の背後にある闇の存在を明らかにしていきたい。

 マリリン・モンロー(本名ノーマ・ジーン)は、1926年6月1日、カリフォルニア州ロサンゼルスの母子家庭に生まれた。19歳でモデル活動を始め、終戦後に20世紀フォックスから女優デビュー。下積み時代を経て、『紳士は金髪がお好き』や『七年目の浮気』の大ヒットで、名実ともにトップスターの仲間入りをした。
 だが、華やかな女優業とは裏腹に、私生活は順調ではなかった。3度目の結婚をした1956年ごろから、モンローは精神的に不安定な状態に陥るようになったのだ。睡眠薬に頼り、精神病院に入院することもあった。その最中、彼女の運命を変える出会いが1959年(諸説あり)に訪れる。ときの大統領、ジョン・F・ケネディとの邂逅である。
 ケネディの妹パトリシアの夫で俳優のピーター・ローフォードやフランク・シナトラを介して出会ったふたりは、たちまち恋に落ちる。ほどなくして、マリブ海岸のビーチハウスやニューヨークの大統領専用ペントハウスで逢瀬を重ねるようになり、ケネディにとってモンローは文字通り特別な存在となった。
 気を許したケネディは、ベッドで愛を囁くだけでなく、内政事情や国家機密まで彼女に話していた。一方のモンローは、愛の証として大統領との会話すべてを手帳に書き残していたのである。

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モンローの遺体が発見された現場の写真。

消された通話記録と消えた赤い手帳

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