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アポロ計画の謎と月面の異星人ーーUFOと陰謀の宇宙開発史を辿る!/並木伸一郎・総力特集

1969年7月20日、人類は初めて月面に到達した。その偉業を成し遂げたのはアメリカの宇宙船アポロ11号だった。だがその3年後、アメリカは苦難の末に制覇したはずの月面を捨てた。それはいったいなぜだったのか?
そして2019年には中国の探査機が月の裏側に着陸し、現在、各国がこぞって月面探査に乗り出している。
アメリカが隠蔽しつづけてきた“月の謎”――。
すべてが明らかになる日はもう目前に迫っている。

文=並木伸一郎

長き空白の時を経て人類は再び月へ向かう

 2019年、NASA(アメリカ航空宇宙局)の「アポロ計画」によって1969年にアポロ11号が月面着陸に成功し、人類が史上初めて月面に足跡を刻んでから、50周年を迎えた。
 そして今、月が再び注目されている。

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アポロ11号の着陸船・イーグル号。

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アポロ11号の乗員。左からニール・アームストロング船長、マイケル・コリンズ飛行士、バズ・オルドリン飛行士。

 たとえばNASAは、月の周回軌道に宇宙ステーションを設置することを検討している。そして、2024年までに月の極地方に有人月面基地を建設すると発表している。また、イーロン・マスク率いる「スペースX」の月周回計画も話題になっている。
 加えて、日本でも月探査の準備が始まっているのだ。2018年7月、月・火星の探査活動を進める「国際宇宙探査センター」がJAXA(宇宙航空研究開発機構)内に設置された。それだけではない。JAXA自体にも、2021年にSLIM(小型着陸実証機)を、さらに2030年ごろにはヨーロッパやカナダの宇宙機関と協力して、人間を月面着陸させる計画があるという。

中国が月の裏側に探査機を着陸させた

 そして月探査といえば、なんといっても注目すべきなのは、中国だろう。目下、月探査を中断しているNASAをさしおいて、世界で初めて月の裏側に探査機を着陸させたのだ。2018年12月8日に打ち上げられた無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」が、それである。同号は約4週間の旅を経て、2019年1月3日の午前11時26分(日本時間)、月面裏側の南半球にあるフォン・カルマン・クレーターに軟着陸した。そして、同号が撮影した月の裏側の画像を公開した。

 月の裏側は、これまで人類は上空から観測したのみだったが、今後は嫦娥4号から送り出された探査車「玉兎(ぎょくと)2号」も、月面を細かく探査するという。
 中国の神話にある月の女神・嫦娥の名をもった同号が着陸したフォン・カルマン・クレーターは、南極エイトケン盆地の内側に位置する、直径約180キロメートルの窪地だ。同盆地は数十億年前にさしわたし500キロメートル以上と考えられる巨大隕石が衝突して形成された、月で最も深く大きい盆地といわれる。
 今後、嫦娥4号は隕石衝突時に露出したとされるマントル由来の物質を調査することになるが、この物質を解析することで月の内部構造が明らかになるだけではなく、惑星や銀河、宇宙の誕生を探る貴重な調査となるとされる。

 またその他にも、氷の探索や放射線の調査、そしてカイコの生育実験などをも行っていく予定で、今回の嫦娥計画は月面有人飛行や、恒久的な中国月面研究基地の建設を見据えたミッションとなっている。
 さらに、中国はすでに月面に滞在し、さまざまな活動を行うためのシミュレーションも進めている。たとえば、今回の調査で仮に大量の氷の存在が確認できたとすれば、月面研究基地を建設し、そこを拠点として太陽系からさらに遠くの惑星へ探査に向かうロケット燃料を作り出すことも可能になるという。
 また、周知のとおり、月は常に同じ面を地球に向けているため、月の裏側(ダークサイド・ムーン)から地球と交信することは非常に困難とされている。だが、この問題を解決するために、中国国家航天局は地球と月の重力が平衡する地点に、人工衛星「鵲橋(じゃっきょう)」を打ち上げた。鵲橋を中継することで、嫦娥4号と地球の交信を可能にしたのである。

 しかし、実はこれらはあくまで表向きの計画であり、嫦娥4号は謎の“極秘ミッション”を課されている、という噂がある。
 なぜなら同号が調査するのが、地球からは決して見ることができない月の裏側だからである。筆者のとくに気にかかるのは、探査機が着陸後、中国国家航天局がわずか1枚だけ、月の裏側のごく一部の画像を公開したまま続報もなく沈黙していることだ。

 もともと「月の裏側は、決して開けてはならないパンドラの箱のようなもの」と噂されてきた。そこには何が潜んでいるのか、わからないからである。
 かつてのアポロ計画、そして現在の中国の嫦娥計画……。それらがめざす月の“パンドラの箱”には、いったい何が入っているというのか?

アメリカの威信をかけた「アポロ計画」

 ここで、そもそも「アポロ計画」とはどのようなものだったのか触れておく。

 1960年7月、NASAは初めてアポロ計画構想を明らかにした。それは3人の宇宙飛行士を乗せたアポロ宇宙船で月を周回し、さらに月面着陸をめざすというものだった。だがこの時点では、実は予算のめどすら立たない、漠然としたものだったという。
 それが一転したのは、翌1961年のことだ。当時のジョン・F・ケネディ大統領(1917〜1963年)の議会演説による。彼が「1960年代の終わりまでに、月着陸を実現させたい」とぶち上げたことにより、月面に有人宇宙船着陸を成功させるという計画が確固たるものとなったのだ。

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アメリカのジョン・F・ケネディ大統領。彼の議会演説が、アポロ計画に拍車をかけた。

 周知のとおり、アメリカの宇宙開発は常に旧ソ連(現ロシア)との競争にあったが、旧ソ連が1961年4月、史上初の有人宇宙飛行を成功させるなど、アメリカは常にその後塵を拝していた。だからこそ巨額の予算を割いてまで、この「アポロ計画」を成功させなければならなかったのだ。

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旧ソ連のユーリイ・ガガーリン飛行士。人類初の有人宇宙飛行を成功させた人物である。

 この国家的威信を賭けたプロジェクトのために計上された予算は、300億ドル(当時の為替レート、1ドル約300円で換算すると10兆円)にも上る。こうして、当時の日本の国家予算の数倍にもあたる超巨額な費用が投入され、アポロ計画が第一歩を踏み出した。

 その計画の概要は、以下のようなものだった。
 ―—まず下準備として、ふたり乗り衛星船を打ち上げる「ジェミニ計画」が採用され、ランデブーやドッキングなどの実験を重ねる。この後、サターンV型ロケットが打ち上げに使われることになり、その先端に3人の宇宙飛行士が乗る「アポロ宇宙船」が搭載される。同船は月の周回軌道に乗り、次いでふたりの飛行士が月着陸船に移乗し、月面に着陸する。ふたりは資料の採取や科学観測装置の展開などを終えた後、着陸船で月面を飛び立ち、周回軌道上で待機する母船とドッキングする。そして母船たるアポロ宇宙船で地球に帰還するというものである。
 サターン・ロケットの開発はI型、IB型と順調に進み、IB型1号機は1966年2月、無人のアポロ宇宙船を載せて各種の実験にも成功した。次には、いよいよ人間の乗ったアポロ宇宙船の地球軌道への打ち上げだった。

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アポロ4号を搭載したサターンV型ロケット。1967年9月9日。

アポロ1号の悲劇

 最初の有人宇宙飛行計画は、1967年2月21日の発射を目ざした「アポロ1号」だ。そして同年1月27日午後1時、バージル・グリソムとエドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーの3人の飛行士が、発射前における事前テストのためアポロ宇宙船に乗り込んだ。ところが、テスト開始直後、グリソム飛行士が〝酸っぱいにおい〟に気づいた。それが異変発生の兆候だった。いきなり、船内に満たされる酸素流量が高すぎるという警告音が、繰り返し鳴りだした。さらなる問題も発生した。宇宙船と外部との通信機器が不調を来したのだ。だが、テストは何度か中断されたものの、結局は原因が特定できないまま再開された。
 午後6時31分、再び異変が起きた。またしても、船内の酸素流量が異常に高くなったのだ。4秒後「火事だ!」と告げるチャフィー飛行士の声がインターフォンから流れた。ついで2秒後、ホワイト飛行士が「コックピットで火災発生!」と叫んだ。非常事態の発生だった(ちなみに緊急時は、最低でも90秒で脱出できることになっていたが、現実には、宇宙船内部からロックを解除するには、飛行士が無理な姿勢をとるはめになり、短時間での脱出は不可能だったという)。

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悲惨な火災事故を起こしたアポロ1号。

 燃え上がる船内、駆けつけた職員たちがハッチを開けたが、すでに飛行士たちの息はなかった。宇宙服を着ていたので、体こそ焼かれずにはすんだものの、彼らは出火から4分後、一酸化炭素中毒で亡くなっていたことが、医師の診断で明らかになっている。
 その後に行われた調査で、出火原因として「船内が高圧の純粋酸素で満たされていた」「ナイロンなど可燃性素材が大量に搭載されていた」「配線の被ひ覆ふくがはがれ電源ケーブルがショートして火花が発生した」「船内の気圧が高くなって、ハッチが開かなくなっていた」ことなどが指摘されている。要は、アポロ宇宙船の設計や構造の欠陥に起因するものだったのだが、こうした問題がクリアされるまで、NASAの有人宇宙飛行計画は、以後20か月間にわたって中止されることになる。

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焼け焦げた宇宙服。

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アポロ1号の飛行士たち。左からバージル・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィー。

月面着陸に成功したアポロ11号の偉業

 1号の悲劇を乗り越えて1969年7月16日、アポロ11号がフロリダ州のケネディ宇宙センターから、サターンV型ロケットで打ち上げられた。全長110メートル、最大直径10メートル、打ち上げ重量2941トンのサターンは、月と地球の往復77万キロを飛行可能だった。

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1969年7月16日、サターンV型ロケットに搭載され、フロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられたアポロ11号。

 アポロ宇宙船は司令船、機械船、月着陸船の3つの部分に分かれており、ジェミニ計画で蓄積した技術をもとに、自力で軌道を修正できる制御ブースターも備えつけていた。

 7月20日午後4時18分、ニール・アームストロング船長とバズ・オルドリン飛行士は、月着陸船イーグル号で月面の「静かの海」に降りた。ふたりは人類で初めて地球以外の天体へ到達したのだ。月面に立ったアームストロング船長の第一声は「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」だった。
 ふたりは月面に21時間36分滞在し、その際の活動として岩石採集、月震計、レーザー光線反射装置、太陽風測定装置の設置を行い司令船に戻った。そしてその後、アポロ宇宙船は無事に地球に帰還した。月面に設置した観測機器は正常に作動し、月震計は7年間にわたって月震のデータを記録した。

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1969年7月20日、人類は「偉大な一歩」を踏み出した。

 引きつづき、12号から17号まで約3年半にわたり、月表面の有人探査が行われ、種々の地質学的調査と月の岩石約400キロを地球に持ち帰ったことで「アポロ計画」は完全なる成功をおさめたとされている。
 ところが、数々の科学的根拠が提示され、有人着陸の真実が裏づけられているにもかかわらず、「月面着陸は捏造だった」「アポロは月に行っていない」という陰謀論が、今なお根強くささやかれているのだ。それはなぜか?

人類の偉業を否定する不穏な疑惑とその真相

 アポロは月に行っていない!ーー人類の偉業を真っ向から否定する説が、都市伝説化している。この、いわゆる「アポロ計画疑惑論争」の火付け役となったのが、2001年2月15日、アメリカのFOXテレビが放映した「陰謀のセオリー〜人類は月に着陸したのか?」という1時間番組だった。同番組が「アポロ計画疑惑」という陰謀論の骨子としたのは、以下の3点だ。

 ❶地球上空の放射能帯であるバン・アレン帯を、アポロ宇宙船が通過した際、大量の放射能を浴びた飛行士が、はたして生きていられるのか?
 ❷“真空のはずの月面に立てた星条旗が揺れるのはおかしい”といった疑惑をはじめ、写真やフィルムに収められた多くの画像が、ネバダ州の秘密基地「エリア51」やスタジオ内で撮影された可能性が高い。
 ❸噴射痕が残らないなど、飛行経路の物理的側面や、使用された機器の性能に問題がある。

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提起された疑惑のひとつは、真空のはずの月面で星条旗がなびくのはおかしいというものだったが、NASAの回答は明快だった。

 以上の3点について、同番組は個々に疑問を呈し、その疑惑の根拠を列挙したうえで、“アポロは月に行っていない”と結論づけたのである。なお、これらの疑惑に対してNASAは以下のように、公式に反論している。

 ❶はバン・アレン帯を避けるような軌道をとり、さらに1時間以内で突破し、飛行士たちが浴びる放射線量は、人体にほとんど影響のない1ラドより、はるかに少なくてすんだ。NASAは放射能を防ぐ特殊なシールドも準備していたが、不要になったという。
 ❷は星条旗の上辺にワイヤーがあるため旗にシワが入り、それがはためいて見えたのと、飛行士がポールを回して動かしたというのが真相だ。
 ❸に関しては、「噴射痕はあった」と主張した。2008年5月、JAXAが月周回衛星「かぐや」が撮影した、アポロ15号の着陸船のロケット噴射の痕跡を挙げ、痕跡が観測されたのは世界初の快挙だと発表している。同時にアポロ15号で撮影された風景とまったく同じ3次元画像も公開し、同号活動の証拠だともコメントした。

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そもそもアポロ宇宙船は月面に到達していないのでは、という疑惑に対する回答も、JAXAとNASAが示している。(上)月周回衛星「かぐや」が撮影したアポロ15号の着陸痕など。(下)同じく月周回衛星「ルナ・リコネイサンス・オービター」もアポロ各号の着陸痕を確認している。

 これについては、アポロ計画疑惑を払拭するため、NASAが証拠画像をかぐやに撮らせたという情報もある。
 加えて2009年、NASA自身が月周回衛星「ルナ・リコネイサンス・オービター」によって、アポロ各号の着陸の痕跡を確認したことを発表している。

 なお、近年の新たなアポロ計画疑惑としては“靴跡”が提示された。アームストロング船長の宇宙服の靴底の模様と、彼が月に残した足跡の模様が一致しないというのだ。だが実は、指摘されている月面の靴跡は、2番目に降り立ったオルドリン飛行士のもので、彼は靴底が溝形になったオーバーシューズを履いていたのである。これは宇宙服の靴底の破損や、ほこりの付着を防ぐための装備で、その溝形もX線写真で明確に示されている。

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アームストロング船長がはいていた靴の底(左)と月面に残した靴跡(右)が違うとの疑惑。月面の靴跡は実はオルドリン飛行士のものだった。

 ちなみに、仮にNASAが画像を捏造して、アポロ計画をでっちあげたとしよう。とすると、アームストロング船長らが月から持ち帰った地球にはない鉱物が含まれた「月の石」や、7年間にわたって記録された「月震のデータ」を含む多くの科学的データなど、これらすべても捏造ということになる。極論すれば、映画にまでなった「アポロ13号」の大事故もでっちあげだったということになるのだ。

 さらに、重要な科学的事実を忘れてはならない。それはアポロ計画で月面に設置されたレーザー光反射装置だ。この装置が存在し、機能しているからこそ、われわれは月と地球との距離を正確に測定できるのだ。アポロ計画を否定する疑惑追及者たちも、これらの科学的事実は否定できない。

 そう、やはりアポロは月に行っている。そして、確かに宇宙飛行士たちは月から地球に帰還している。
 ところが、事はこれだけでは終わらない。実はアポロ計画を否定する疑惑とはまったく異なる、真に隠さなければならない“大いなる秘密”が月には存在していたのだ!

月面に鎮座する異形の巨大都市群

 捏造疑惑とは異なる“壮大な疑惑”が、実はアポロ計画には存在する。そしてこれを決定的にする情報こそ、NASAが幾多のアポロ計画で撮影された月面映像や関係資料の多くを、「紛失した」と発表している点にあるのだ。
 だが、人類の歴史上、トップレベルの偉業である月面着陸の貴重なデータを、紛失することなどあり得るのだろうか? いや、それはとうてい考えられない。となると、月にはNASAが隠したい“大いなる秘密”があるのではないだろうか?

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